2013年2月4日月曜日

実は親父たちも受け入れられてなかった件

01

※ 先日 ここで書いた内容の続きてす。



長男の入院手術のお手伝いのために山口県柳井市から両親が上京してくれた。酒の肴的にこの話しを何気なくしたのだ。
結局、僕たちは受け入れて貰えなかったんだろうね

そんな話しをした。勿論、その枕詞にはお父さんたちとは違ってが付いていた。しかし、意外な言葉が返ってきた。

一度村を出たら出身者もよそ者


02

父は自治会の役員をやったりかなり精力的に関わっている。僕は仕事の都合が良ければ参加するというスタンスたったが、父は既に退職しており、仕事の都合はないので他の自治会の役員たちと同じスタートライン、もしくはそれに近い、僕よりは近いポジションだった。それでも総会でコメントすると相手にされず、例の如く会費でどこの温泉に行くか?とか花見はどうするか?という話しかしなかったらしい。

自治会という癒着の温床


03

しばらくして、親父にも役員の出番が回ってきて、自治会の収支報告書(バランスシート)の作成を任された。親父は手書きの収支報告書からExcelの作成、印刷までを僕に頼んできた。僕としては片手間で済む簡単なお仕事だった。 役員分の印刷をして、会長さんに手渡すと親父は酷く怒られた。なぜ、印刷屋に頼まないのか?と。聞くと毎年、収支報告書を手書きして印刷屋に依頼して、印刷屋はCADで収支報告書を作ってたらしい。その費用たるや常識の範囲を超えていた。 その印刷屋は自治会から仕事をもらわないと生き残れないのかはわからないけど、会長さんに何らかのキックバックがあるのではないか?と疑うことも出来るが、恐らくテクニカルな理解不足の可能性が高い。少なくとも年に1回の自治会からの仕事をあてにしてるようでは潰れて然るべきであるとは思うが…

※ 父は視覚障害者でメール、ネットはスクリーンリーダーで出来るけど、Excel(表計算ソフト)は健常者だった頃は使えてましたが、今は出来ません。

市況の問題


image01

中学と高校の同級生で2人ほど沖縄に移住したヤツらがいます。都会暮らしで田舎暮らしに憧れを抱く人には人気の沖縄。恐らく沖縄は
どうぞ来てください!

とは言っていないだろうけど、人気のIターン対象地域には違いないだろう。勿論、足繁く通って、生活に支障のないレベルの人間関係を構築してから移住をすることには違いはないだろうけど、恐らく沖縄には移住者同士のネットワークがある事で、沖縄で暮らすに際してある程度クッション的な役割があるのではないかと思われる。

で、普通の田舎もどうやらどうぞ来てください!では無いらしいということ。むしろ見慣れない人が近所に住み始める事に気持ち悪ささえあるのかも知れない。つまりおまえらよく知らないけど自治会費払ってるし、とりあえず住まわせてやるという上から目線のことなのだ。こちらとてこんなクソ田舎だけど仕方ないから住んでやるという上から目線な人の場合も有り得るワケだが…

※ 沖縄に関して想像で書いてます。

いよいよになった時


04

田舎の高齢者率はご存知の通りで、恐らく近い将来、これら高齢者たちがお亡くなりになる。そして村には誰もいなくなる。いつか誰かが、
どうか我が村にお越しくだせぇ!移住してくだせぇ!!

と言わなくてはならなくなる時が来る。その頃にはその昔害を振りまいていた老人たちにしがみついていたごく僅かな我が村の元若者たちには先人たちの残した負の遺産が重く伸し掛かり、都会の人間たちを引き入れる事で自分たちの首をジリジリと絞めることになる。村の元若者たちは仕事を失うかもしれない。そして村八分という負の連鎖は続くのかも知れない。

「都会は冷たい」の間違い


05

逆も言えます。「田舎が暖かい」も間違ってて、「村」という単位が違うというだけの事だと思います。「人生の楽園」なんて番組がありますけど、あんなのただの年金暮らしのリア充じゃないですか?

で、どうなのよ?


06

田舎って何がしたいのよ?死にたいの?生き残りたいの?

1 件のコメント: